大判例

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広島高等裁判所 昭和61年(行ケ)2号 判決 1988年3月25日

原告

金尾哲也

原告

山下哲夫

原告

大迫唯志

原告

吉田修

原告

木村豊

原告

坂本彰男

右各原告訴訟代理人弁護士

次の六名中各原告本人につきそれぞれ自己を除く他の五名

金尾哲也

山下哲夫

大迫唯志

吉田修

木村豊

坂本彰男

被告

広島県選挙管理委員会

右代表者委員長

山本朗

右指定代理人

渡邉温

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

昭和六一年七月六日に行われた衆議院議員選挙の広島県第一区における選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(原告ら)

一  請求原因

1 原告らは、昭和六一年七月六日に行われた衆議院議員選挙(以下、「本件選挙」という。)の広島県第一区における選挙人である。

2 本件選挙は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下「公選法」という。)について昭和六一年五月二三日法律第六七号(以下「昭和六一年改正法」という。)によつて改正された衆議院議員定数配分規定(同法一三条、同法別表第一及び同法附則七ないし一〇項。以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行された。

3 本件選挙当時の本件議員定数配分規定による各定数を比較すると、昭和六〇年国勢調査の人口に基づく選挙区間における議員一人当たり人口の較差(「定数較差」ともいう。)が、最大一(長野県第三区)対2.992(神奈川県第四区)に達し、広島県第一区との較差は一対2.806であり、他の選挙区でもその較差が一対二を超えるのは三〇選挙区に及んでいる。

4(一) 基本的人権の確保のための最も基本的な要求は、参政権の確立で、その参政権が確立した後は、参政権における差別の撤廃であり、このような歴史的事実を踏まえ、わが憲法一四条一項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的な平等の原理を宣明するとともに、特に選挙権において憲法一五条一項、三項、四四条但し書の規定を定め、選挙における徹底した平等の実現を確保しようとしているのである。このような憲法の精神から考えれば、選挙における平等は、単に選挙資格の平等のみならず各選挙人の投票価値の平等も含めて、各種人権の中でも最も基本的でかつ侵すことのできない権利であることがわかる。

選挙権平等の保障は、形式的に一人一票を要求するばかりでなく、投票価値の平等をも要求するものであることは、最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決(以下「五一年大法廷判決」という。)でも認められており、議員定数配分を決定するに当たつては、人口が最も基本的な考慮要素とされねばならないこともまた論を俟たないところである。

(二) 従つて、選挙人の一票の投票価値がすべて平等であることが憲法の要求するところであり、代表民主制実現のため、衆議院議員の定数配分に当たり最も重要で基本的な基準は、人口比例の原則である。選挙区間の人口の異動、人口調査の困難さなどの技術的な問題を考慮する場合においてのみ、選挙区間の定数較差一対一を修正することが許されるものというべきである。しかし、その他地域的条件など一切の事情を捨象して人口比例を唯一絶対の基準とすることは不可能であるから、極めて狭く限定した合理的な範囲で、国会にその裁量権を認めることもやむを得ない。そして、その裁量は、なんら制限のない自由裁量類似のものとは異なり、憲法一四条等の選挙権の平等という規範の下でなされる覊束(法規)裁量に類似するもので、その憲法上の要求が、下位法規である公選法の政治的技術的な立法政策上の考慮より優先するものである。右の見地に立つて、国会の裁量が合理的な範囲を超えたかどうかについて判断すべきであり、これを超えた場合違憲審査の対象となるものというべきである。

5(一) 投票価値較差の許容限度は一対二をもつて正当と考える。

国会は、較差が存在する限り、絶えず、一対一の理想に近づける努力をすべきであるが、定数配分の計算基準としては、例えば、アメリカの裁判例の基準、すなわち、(1) 議員一人当たりの人口の最高選挙区と最低選挙区との人口比、(2) 議員一人当たり全国平均人口(全国人口総数を総定数で除した数)の下での一票の価値を一〇〇とした場合、各選挙区での一票の価値が持つ偏差値(一〇〇の上下何パーセントまでの偏差を認めるか。)、(3) 総定数議員の過半数を選出するのに必要な最小人口数と全国人口数との比較などの基準が考えられるが、定数配分が人口数に比例すること自体に高度な民主的合理性が存在し、複数選挙の不合理を克服することなどからみて、右基準の(1)を重視して一対二を限度とし、その限度で右(2)、(3)などの他の事情を考慮すべきである。

(二) しかるに、本件議員定数配分規定は、前記のとおり、選挙区間の定数較差が最大一対2.992であつて、右の国会の合理的な裁量の範囲を超えており、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反し無効である。

6 本件訴訟については、次の諸点からみて、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三一条の事情判決の規定を適用すべきではない。すなわち、

(一) 結論的にいえば、この制度は法治行政の原理と裁判を受ける権利を損なう公益優先思想の産物といわざるをえない。事情判決は、公益のまえに違法処分を維持する極めて異例の制度であり、行訴法三一条そのものも文言上人権の制限根拠として、はなはだ漠然として違憲の疑いが強く、また、仮に何等かの適用場面があるとすれば相当に厳密な運用が心がけられねばならず、適用理由も説得力あるものでなければならないし、比較法的に検討してもわが法のように制度として一般的にこれを認めるものは他国にはほとんど例を見ることができない。これを五一年大法廷判決のいうように、「一般的な法の基本原則」として評価することは困難でありその適用も可能な限り回避されるべきである。そして、本件が、憲法の保障する幾つかの人権の中にあつて優越的権利とされている参政権の平等に対する侵害に関するものであり、この侵害状態を、結果的に長期間放置する方便として、事情判決を裁判所が援用することは、いわゆる法の支配を目的とする個人の自由と権利の保障を蔑ろにし、法優位の思想を明言する憲法九八条の立法趣旨に大きく背くものである。

(二) 公選法二一九条は、選挙に関する訴訟については行訴法三一条の準用を排除すると明言している。仮に同法の趣旨を「一般的な法の基本原則」といいかえるにせよ、いずれにしても事情判決を適用できないことは明白なわけである。裏を返せば、公選法二〇四条の要件事実を満たせば、裁判所には当然無効判決をしなければならない義務が生じているといえるわけで、これは同法二〇五条一項が「全部又は一部の無効の判決をしなければならない。」と規定することからもうなずける。

しかも、単なる違法な処分に止まらず、より高次の違憲の処分に対する無効請求といえる本件訴訟においてはその義務の内容ももとより重いというべきである。

(三) 果たして、従来の判決の指摘するように、裁判所が事情判決をしなければならないほどの「憲法の所期しない事態」が、無効判決によりもたらされるのであろうか。

(1) 既に成立した法律等の効力の問題が指摘されるが、これは、選挙の無効が将来に向つて生じると解されることから問題はない。

(2) 全国的に同様の訴訟が提起されれば今後の衆議院の活動が不可能となるとされる点であるが、これは杞憂というべきである。

なぜなら、現段階では本件のような訴訟が提起されている選挙区は二十数区であり、この程度の選挙区に無効判決が出されたとしても衆議院の活動には十分な議員数が残されること、さらに、将来、全国的に訴訟が提起されたとしても、大多数の選挙区では公選法二〇五条一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞」が認められないであろうし、それが認められる選挙区においても同条二項により「当選に異動を生ずる虞のない」議員を相当数区別できるはずであるから無効判決により資格を失う議員がある程度出たところで、結局、衆議院の活動が三分の一の定足数を欠くことにより不可能となることは考えられない。

(3) 訴訟の提起された選挙区について選挙無効となつた場合、法改正は当該選挙区の選出議員を欠いたままの状態でなされるという望ましくない結果となるとの指摘があり、そのような状態は異常事態というべきであり、望ましくないことは事実である。しかし、これはあくまでも適法状態のもとでの当、不当の問題であつて、参政権の平等の侵害という、適法、不適法の問題より更に高度かつ重大な違憲状態を放置することの正当化の根拠とはなり得ない。国民にとつては、代表民主主義の根幹を守るためにこの程度の一時的、過渡的な変則事態は、甘受してやむを得ないものであり、そのような状態が招来されれば、立法府は適正な議院の構成を再建すべく、早急に、かつ、憲法適合的に法改正をなさざるを得なくなり、それはまた、事実上、立法府を構成する各議員自身への法改正への原動力ともなりうるであろうと考えられる。

(4) 立法府自身による法改正への期待については、本件選挙の段階では八増七減という手直しがなされたが、これとても大方の批判をかわすための対症療法的な処置にすぎず、かろうじて一対三の枠内で選挙を行い得たに止まり、それ以後益々較差は広がりつつあり、また、現状では具体的な是正のための改正の動きはない。

(5) 事情判決の司法政策上の問題点についてみると、五一年大法廷判決以来、事情判決を踏襲してきた諸判決の真意は、三権分立の原則の下、司法の自己制限主義を厳格に守ろうとしたやむにやまれぬ一種の司法政策上の選択であり、これはまた、立法府による早急な法改正を信頼したがための処置であつたと理解する。しかし、現状をみるに、前述の如く立法府は、当面の手当のみで終わり、以後、この問題を放置している。図らずも、昭和五一年以来一一年の間に下された諸事情判決は、立法府の怠慢と違憲状態を追認することの繰り返しとなるという初期の予想に違う残念な結果を残そうとしている。従つて、事情判決を繰り返す時期は過ぎたのであり、裁判所は、違憲、違法を理由として明確に無効の判決をすべきものである。

7 よつて、原告らは、公選法二〇四条に基づき、違憲の本件議員定数配分規定により行われたことを理由に、本件選挙の広島県第一区における選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  本案前の反論

1 選挙権は代表民主制を支える国民固有の権利であつて、選挙権の平等は憲法が強く要請するところである。このように国民の最も重要な基本的人権の一つとされている選挙権の行使についてその平等が侵害されている場合に、実定法規である公選法をただ形式的にのみ解釈してその是正を閉ざすことは、国民主権という憲法上の基本原理を放棄するものであつて、民主主義の理念に反するものである。

2 公選法二〇四条の解釈については、五一年大法廷判決、最高裁判所昭和五八年一一月七日大法廷判決(以下「五八年大法廷判決」という。)等によつて、すでに憲法上の要請を加味した実質的な解釈がなされているのであつて、被告の本案前の申立は、右判決等によつて駆逐された議論である。

被告が何ら新たな理論的検討を加えることなく形式的解釈に基づくかかる主張をいたずらに繰り返すことは、行政機関自らが前述した憲法上の基本原理を放擲しようとするもので、著しく相当性を欠くというべきである。

3 従つて、公選法二〇四条に基づいて行つた原告らの本件訴えは適法であつて、被告の主張は全く理由がない。

(被告)

一  本案前の主張

本件の訴えは公選法二〇四条の規定に基づく訴訟としては不適法である。

1 そもそも公選法二〇三条ないし二〇五条所定の選挙の効力に関する訴訟は、選挙の管理執行機関の公選法に適合しない行為を是正し、選挙の執行の公正の維持を目的とする民衆訴訟であるから、「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。」(行訴法四二条)ものであつて、それ自体当然に個人の具体的権利義務に関するいわゆる「法律上の争訟」として司法権の範囲に属するものでなく、法律において特に定められている場合に訴えの提起が認められる特別の訴訟である(裁判所法三条一項)。しかもその訴えは、公選法二〇五条の規定からも明らかなとおり選挙規定の違反とそれが選挙の結果に影響を及ぼす虞があることを理由に、当該選挙の無効を争う限度においてのみ許されるものである。また、この訴訟は、現行法上、選挙法規及びこれに基づく選挙の当然無効を確定する趣旨のものではなく、選挙管理委員会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のための当該選挙の効力を失わせ、改めて再選挙を義務づけるところにその本旨があるのであつて、右訴訟で争いうる「選挙の規定違反」も、当該選挙区の選挙管理委員会が、選挙法規を正当に適用することにより、その違法を是正し適法な再選挙を行いうるもの(当該選挙管理委員会の権限に属する事項の規定違反)に限られるのである。

2 ところで、本件訴訟は、訴状自体で明らかな如く、公選法二〇四条を根拠とする選挙無効の訴えであり、その主張の骨子は、本件選挙は本件議員定数配分規定の定めに従つて施行されたが、右による選挙区別定数は憲法一四条一項に反し違憲であるから、右選挙は無効である、というものであり、右以外には選挙無効事由を主張していない。しかしながら、このような選挙管理委員会においてこれを是正し適法な再選挙を実施することができないような公選法の議員定数配分規定自体の違憲を唯一の理由として、その法の下で行われた選挙の効力を争うことは、公選法の前記規定の許容する範囲外のものというべきであり、かつ、そのような訴えのために道を開いた実定法規が制定されていない現行法制度の下においては、本件訴えは、不適法な訴えとして却下されるべきである。

3 司法は、本来具体的権利義務に関する紛争の解決を目的としているものであつて、あらゆる紛争をすべて救済する万能の制度ではなく、特に民衆訴訟は、法の明文の規定により初めてその提起が認められるに至るにすぎないし、裁判所はその制定法の要件の範囲内で裁判権を有するものといわなければならない。従つて、公選法二〇四条に基づいて議員定数配分規定自体の違憲、無効を主張する訴訟は、たとえ基本的人権にかかわる政治的権利の回復を図るためとはいえ、前記のような現行法体系の規定の仕方、公選法上の選挙関係訴訟の性質、民衆訴訟の本質から、これを如何に拡張解釈をしてもなおその限界を超えるものであり、同法によつては許容できないところといわざるを得ないのである。

二  本案の答弁及び主張

1 原告らの請求原因1ないし3の事実は認める。

2 憲法上保障される選挙権平等の意義

憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条但し書の各規定からすると、憲法が平等選挙権を保障していることは明らかである。そして、各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが最高裁判所の判例である〔五一年大法廷判決、五八年大法廷判決、最高裁判所昭和六〇年七月一七日大法廷判決(以下「六〇年大法廷判決」という。)〕。

しかしながら、憲法が異なる選挙区間における投票価値の平等を要求し、議員定数の配分につき人口比例主義を原則としているとの右最高裁判所の判例は、以下の理由から変更されるべきである。すなわち

(一) 一般に、平等選挙制とは、選挙人の投票数の平等を意味し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産、収入等により選挙人の投票数に差別を設けてはならないとする制度(憲法四四条但し書)であり、そして、右制度に対応するものがいわゆる複数選挙制あるいは等級別選挙制であつて、これらは平等選挙制に抵触するものとして排斥されてきたところであるが、それ以上に投票の結果価値の平等、すなわち投票の選挙の結果に及ぼす影響力の平等まで意味するものとはされていなかつたのである。

(二) わが国の憲法上の選挙制度に関する諸規定について検討するのに、前記(一)のように憲法上の各規定が平等選挙制を採用していることは明らかであるが、それ以上に憲法が異なる選挙区間における投票価値の平等をも要求して、国会両議院の議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分しなければならないとしていると解すべき規定は存在しないのみならず、かえつて憲法は両議院議員の各選挙制度の仕組みにつき前記のとおり四四条但し書において定めるほかは、四七条において「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定し、右事項に限る具体的決定を国会の広範な裁量に委ねているのである。また、このことは以上のような憲法上の諸規定を受けて選挙制度の仕組みを具体的に規定している公選法が、地方議会の議員定数配分については、「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。」(公選法一五条七項本文)と規定しているが、国会両議院の議員定数配分については、人口比例主義を要求する規定を設けていないことからも窺われるところである。従つて、以上のことからすると、国会がその具体的決定に当たり、異なる選挙区間における投票価値の平等、すなわち、人口比例主義をどの程度まで考慮するかは、前述したように人口比例主義を要求する憲法上の明文の規定がないことからすると、専ら国会が独自に決定すべき立法政策上の問題というべきであり、異なる選挙区間における投票価値の不平等が違憲の問題を生ずることはないのである。それゆえ、国会は、選挙制度の仕組みの決定に当たり、正当に考慮することができる諸々の政策的目的ないし理由をもしんしやくした上で、その広範な裁量により両議院議員の各選挙制度の仕組みを具体的に決定するのであつて、国会の定めたものが、その裁量権の行使として合理性を有する限り、たとえ異なる選挙区間における投票価値の平等、すなわち、人口比例主義が一定の制約を受ける結果になつたとしても、それは憲法自身の容認するところであるというべきである。憲法は、異なる選挙区間における投票価値の平等まで要求し、議員定数配分につき人口比例主義を原則としていると解することはできないのである。

(三) 従つて、原告らが、異なる選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差のみをもつて、本件議員定数配分規定を違憲・無効とし、これに基づく本件選挙が憲法の選挙権の平等の要求に反するとするのは、その立論の前提に誤りがあるといわなければならない。

(四) 選挙区割と議員定数配分に関する国会の裁量権

(1) 議会制民主主義の下における選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効率的な反映等国民の代表の的確な選任、政局の安定を要請していることから、議員定数配分の決定は、単なる数字の操作のみで解決できない高度の政治的、技術的要素を含んでいるのである。代表民主制の下における選挙制度は、相互に矛盾する一面を有する右のような要請を考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものである。そして、国民代表の的確な選任という要請を満たす選挙制度の制定は、現代のような多元的社会においては、国民の政治的意思が、様々な思想的・世界観的対立、多種多様の利益集団の対立、都市部対農村部の対立等を通じて複雑かつ多様な形で現れるため、極めて多方面にわたる配慮を必要とするのである。さらに、政党政治の発達は、国民代表の観念さえも著しく変質させてきており、国民代表の的確な選任の要請のもつ意味すら必ずしも明らかでなくなつてきているのである。他方、対外的には、世界情勢の複雑化、国内的には福祉国家体制の進展に伴い、国家の社会、経済への積極的関与の度合いが高まり、政治の効率的な運営のために政局の安定も強く要請されているのである。

(2) このように、選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効率的な反映等国民代表の的確な選任、政局の安定という諸要請を、それぞれの国の政治状況に照らし、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に全体的、総合的見地から考察し、適切に調整した上で決定されるべきものであり、この点、わが国とは歴史的事情、国民性、選挙制度、裁判所の権限等の異なるアメリカ等の平等原則の内容をそのまま無批判にわが国に導入することは、厳に慎しまなければならない。

(3) それゆえ、憲法は、以上のような理由から、前述したように国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を、原則として国会の裁量に委ねているのである。従つて、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解されている(前掲各大法廷判決参照)。

(4) 以上述べたことから明らかなとおり、衆議院議員の定数配分の均衡の問題は、代表民主制下における選挙制度のあり方を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきものであり、憲法の要請する平等原則も、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分下における選挙人の投票価値の不平等が国会において、前述の選挙制度の目的に照らし、通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているか否かの問題であつて、もともと客観的基準になじまず、また、これが存しない分野である。

(5) 衆議院議員の選挙は、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されているが、この場合において、具体的にどのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員を配分するかを決定するについては、異なる選挙区間の投票価値の平等を憲法が要求していると解する以上、各選挙区間の選挙人数又は人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるのであるが、それ以外にも、国会が正当に考慮し得る要素は少なくないのである。五一年大法廷判決も、国会において実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素について、「殊に、都道府県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたつては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、前述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。」と判示し、衆議院議員の選挙につき、選挙区割や議員定数配分を国会が決定する際に、極めて多種多様の要素を考慮し得るとし、国会に広範な立法裁量権を認めているのである。

(6) そして、国会が具体的に決定した議員定数配分規定が、その裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかを裁判所が判断するに当たつては、事の性質上、特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点から、たやすくその決定の適否を判断すべきものでないことはいうまでもないところである(五一年大法廷判決参照)。従つて、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る前述のような諸要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときに限り、国会の合理的裁量を超えているものと判断すべものである。

3 本件議員定数配分規定の合憲性

本件選挙が依拠した本件議員定数配分規定は、前述のとおり、昭和六一年改正法により改正されたものであるが、それによれば、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく定数較差は、最大一(長野県第三区)対2.99(神奈川県第四区)である。

被告は、本項において、本件選挙当時の右定数較差が示す選挙区間における投票価値の不平等の程度は、前述のような国会の裁量権の性質に照らすならば、それが、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないことを主張する。

(一) 昭和六一年改正法までの経過(公選法制定当時の定数配分)

公選法が制定された昭和二五年当時、衆議院議員の定数は同法四条一項(総議員数は四六六名であつた。)で、その選挙区割及び議員定数の配分は同法一三条一項、同法別表第一でそれぞれ規定されていたところ、その内容は、公選法の制定とともに廃止された衆議院議員選挙法の規定(但し、昭和二二年法律第四三号による改正後のもの)を継承したものである。そして、衆議院議員選挙法の右改正では、議員定数の配分について、昭和二一年四月に実施された臨時人口調査の結果に基づいて定められ、それによれば、選挙区間の定数較差は最大一(愛媛県第一区)対1.51(鹿児島県第二区)であつた。

(昭和三九年法律第一三二号による定数是正)

昭和三五年実施の国勢調査により、定数較差が最大一(兵庫県第五区)対3.21(東京都第六区)となつていることが明らかとなり、昭和三九年の第四六回国会において、定数是正法案が成立し、法律一三二号をもつて公布され、その結果、議員総定数は四八六人となり、定数較差の最大値は、昭和三五年国勢調査人口で前記3.21倍から愛知県第一区と兵庫県第五区との間の2.19倍に縮小した。

(昭和五〇年法律第六三号による定数是正。以下、「昭和五〇年改正」という。)

昭和四五年に実施された国勢調査により、定数較差が最大一(兵庫県第五区)対4.83(大阪府第三区)に拡大していることが明らかとなり、昭和五〇年の第七五回国会において、定数是正法案が成立し、法律第六三号をもつて公布され、その結果、議員総定数は、沖縄復帰に伴う昭和四六年の改正による五人増を含めて五一一名となり、定数較差の最大値は、前記4.83倍から東京都第七区と兵庫県第五区との間の2.92倍にまで縮小した。

(二) 昭和六一年改正法の成立経緯

(1)  しかしながらその後の人口異動により、再び較差は拡大し、昭和五〇年に実施された国勢調査人口による定数較差は、最大一(兵庫県第五区)対3.72(千葉県第四区)となり、昭和五五年に実施された国勢調査人口による定数較差は、最大一(兵庫県第五区)対4.54(千葉県第四区)となり、更に、昭和五八年一二月一八日施行の総選挙時の定数較差(選挙人数比)は、最大一(兵庫県第五区)対4.40(千葉県第四区)となつていた。

(2)  このような衆議院議員の各選挙区間の定数不均衡状態に対し、各党において、その是正は緊急かつ重要な課題であるとして、その検討に取り組み、その検討の結果を踏まえて、第一〇二回国会において、自民党及び野党四党(社会党、公明党、民社党、社民連)からそれぞれ定数是正法案が提出された。右各法案は、いずれも議員総定数五一一人を変更せず、較差を三倍以内にするため、定数較差の著しい選挙区について、その是正を行うとするものであり、右両法案の相違点は二人区の取扱いにあつた。

右両法案は、昭和六〇年六月二四日、衆議院本会議において、それぞれ提案者から趣旨説明が行われ、各党から質疑が行われるととに、衆議院の公選法改正に関する調査特別委員会(以下、「調査特別委員会」という。)において提案理由説明が行われたが、会期との関係もあり、次期国会に継続審議されることとなつた。

(3)  ところで、最高裁判所は、五八年大法廷判決で、昭和五五年施行の総選挙における定数較差の最大値が、千葉県第四区と兵庫県第五区の間の3.94倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、「本件選挙当時の右投票価値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていた」とし(但し、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかつたものと断定することは困難であるとして、違憲とはしなかつた。)、続いて、第一〇二回国会終了後間もない六〇年大法廷判決で、昭和五八年施行の総選挙における定数較差の最大値が、千葉県第四区と兵庫県第五区の間の4.40倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、選挙の効力は事情判決により無効とされなかつたものの、「本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものというべきであ」り、「憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかつたものと評価せざるを得」ず、「本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲と断定するほかはない。」とし、さらに補足意見として、現行定数配分規定を是正しないまま、選挙が施行された場合には選挙の効力を否定せざるを得ないこともあり得るし、当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは選挙無効の効果は一定期間経過後に発生するいう内容の判決もできないものではないとする意見が付されるなど厳しい見解が示され、定数是正は一層急務となつてきた。

(4)  昭和六〇年一〇月一四日に召集された第一〇三回国会では、定数是正問題が重要課題の一つとされ、各党の代表質問や予算委員会における質問でも取り上げられ、その後、前述の両法案の審議は調査特別委員会で行われた。

同委員会では、右両法案についていろいろな角度から論議がなされたが、最大の論点は二人区をめぐるものであり、これについての与野党の意見は平行線をたどり、合意を得るに至らなかつた。そのため、衆議院議長、同年一二月一九日次のような議長見解を示した。

「 昭和六十年度国勢調査の速報値に基づき、来る通常国会において、次の原則に基づき、速やかに成立を期するものとする。

① 現行の議員総数(五百十一名)は変更しないものとすること。

② 選挙区間議員一人当たり人口の較差は一対三以内とすること。

③ 小選挙区制はとらないものとすること。

④ 昭和六十年国勢調査の確定値が公表された段階において、速報値に基づく定数是正措置の見直しをし、さらに抜本的改正を図ることとする。」

これを受けて、調査特別委員会は、翌二〇日次期国会で早急に定数是正を実現すべき旨の決議を行い、同日の衆議院本会議において、「本問題の重要性と緊急性にかんがみ、次期国会において速やかに選挙区別定数是正の実現を期するものとする。」との決議がなされ、翌二一日第一〇三回国会は閉会し、両法案とも審議未了廃案となり、定数是正問題は、次の通常国会に持ち越された。

(5)  第一〇四回国会は、昭和六〇年一二月二四日に召集されたが、同日、昭和六〇年国勢調査の要計表人口が発表され、定較較差の最大値が、千葉県第四区と兵庫県第五区間の5.12倍となることが明らかとなつた。このような状況の中で、第一〇四回国会においては、前国会での衆議院議長見解や本会議の決議を受けて、定数是正は速やかに解決すべき最大の課題とされた。本会議の代表質問や予算委員会における審議においても、定数是正問題は大きな焦点とされ、二人区問題などについて論議が展開された。

昭和六一年二月一二日、与野党国会対策委員長会談が開かれ、更に、四月二六日から三〇日にかけて二人区の解消の方法や、周知期間の問題などで、各党間の協議が進められ、これらの協議を踏まえて四月三〇日衆議院議長にその報告が行われ、具体的な二人区の解消の方法や周知期間の問題などの最終的な決着は議長に委ねられることとなつた。

定数是正問題の調停を委ねられた衆議院議長は、更に各党から意見の聴取を行つたうえ、五月八日次のような議長調停を示した。

「(1) 今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によつて二人区となる選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。

(2) この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮小しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うことも已むを得ないものと考える。

しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。

(3) 本法の施行に際しては、有権者の立場を尊重して周知期間を置くとの与野党の合意を踏まえ、特に、この法律は、公布の日から起算して三十日に当たる日以後に公示される総選挙から施行するものとする。

(4)  以上のほか従来の与野党ですでに合意した点を含め各党間で協議を進め早急に所管委員会で立法措置を行うため審議に入るものとする。」

議長調停が出されたことにより、これをもとに法案化の作業が行われた。今回の公選法の一部を改正する法律案は、議長調停を受けての法律案であることにもかんがみ、五月一六日、調査特別委員会において委員会提出の法律案とすることが決せられ、五月二一日、衆議院本会議において、賛成多数により可決されたものである。

また、右本会議において、今回の是正は、当面の暫定措置であるとして、次のような決議がなされた。

「 選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。

今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六十年国勢調査の確定人口の公表をまつて、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする。

抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて、過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。

右決議する。

参議院においては、五月二二日開催された本会議において、賛成多数で可決され、ここに昭和六一年改正法が成立し、懸案の定数是正の実現をみたのである。

(三) 昭和六一年改正法制定における国会の裁量性

(1)  本件議員定数配分規定は、前項で述べたとおりの経緯の下に制定された昭和六一年改正法により、従前の定数配分規定が是正されたものであるが、右経緯から明らかなとおり、右改正法は、国会が、最高裁判所から五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決で、昭和五〇年改正の議員定数配分規定の下で昭和五五年及び同五八年にそれぞれ施行された衆議院議員総選挙が、いずれも選挙区間に存した投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたと指摘されたことを深刻に受けとめ、立政府として、最高裁判所から違憲と指摘された定数配分規定を早急に是正すべき必要性を十分に認識し、種々検討を重ねて制定されたものである。しかも、昭和六〇年国勢調査の要計表人口を基に、当面の暫定措置として制定されたことからも明らかなとおり、右改正法は、国会が、定数是正の早急な実現という要請に速やかに対応するために、最大限の努力を重ねた結果制定されたものである。

これらのことは、本件定数是正措置を決定するに当たつての国会の裁量性を判断する場合に、十分にしんしやくされるべきであると思料する。

(2)  また、本件の定数是正に当たつては、前述の立法経緯から明らかなとおり、定数較差については、それを三倍以内とするとの方針が終始採られていたのであり、その結果、右改正法では昭和六〇年国勢調査の要計表人口における定数較差の最大値が2.99倍となつたのであるが、これは、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決が、いずれも、昭和五〇年改正により、定数較差の最大値が4.83倍から2.92倍に縮小したことについて、右改正前の投票価値の不平等状態は、右改正によつて一応解消されたものと評価することができる旨の判断を示したことを踏まえたものであつた。各大法廷判決はいずれも、昭和五〇年改正により、投票価値の不平等状態が一応解消された(すなわち、違憲状態でなくなつた)ことを前提とした上で、当該各選挙施行時においては違憲状態であつたとし、なされるべき定数是正について、憲法上要求される合理的期間が経過していたか否かの検討に移つているのであり、その中で、昭和五〇年改正法の公布の日(同年七月一五日)以後のある時点において、定数較差の拡大による投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する状態に達していたと推認しているのである。

このように、右各大法廷判決は、昭和五〇年改正における定数較差(最大2.92倍)は違憲でない旨を明確に判示しているのである。

また、昭和六一年改正法の目的が、専ら大法廷判決によつて違憲状態とされた定数較差の是正を図るものであるが、前述のとおり、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定については、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存するわけではなく、また定数較差の許容基準についても客観的具体的基準が存するわけではないのであるから、国会が、最高裁判所から昭和五五年及び昭和五八年にそれぞれ施行された総選挙について、定数較差の状態が違憲状態にあると指摘され、そのために、違憲状態の解消を目的とした定数是正を早急に実現するに際し、前記各大法廷判決が違憲でないとした昭和五〇年改正における定数較差を最大の目安とし、それを定数是正を行う上での方針としたことには、十分合理性があるというべきである。

(3)  以上のとおり、本件議員定数配分規定は、前記各大法廷判決が示した基準である「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達している」とは到底認められないのであり、従つて、本件選挙が無効とされる理由は全くないことは明らかである。

4 同6は争う。

5 よつて、本件議員定数配分規定は何ら憲法に違反するものではないから、これに基づき昭和六一年七月六日に施行された衆議院議員総選挙が無効とされる余地がない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一本案前の主張について

被告は、本件議員定数配分規定自体の違憲を理由として本件選挙の無効を求める訴訟は、公選法二〇四条の訴訟としては不適法である旨主張する。

しかし、国会の基本的権利を侵害する国権行為についてできるかぎりその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請に照らして考えると、現行法上公選法の違憲を主張して議員定数配分の是正を求める唯一の手段であるこの種の訴訟において、同法の議員定数配分規定が憲法上の選挙権の平等に反することを理由に、選挙の無効を主張することを、同法が排除する趣旨であると解することはできない。従つて、議員定数配分規定自体の違憲を理由として選挙の無効を求める訴訟は、公選法二〇四条によりこれを提起することができると解するのが相当である(五一年大法廷判決、五八年大法廷判決、六〇年大法廷判決参照)。この点の被告の本案前の主張は採用することができない。

第二本案について

一原告らの請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二選挙権の平等と選挙制度

この点に関する当裁判所の見解は、五一年大法廷判決、五八年大法廷判決、六〇年大法廷判決の見解と同一である。すなわち、

1  わが憲法上、国政は、国民の厳粛な信託に基づき、国民の代表者が行うものであり(前文一項)、国権の最高機関である国会は、全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成するものとされ(四一条、四二条、四三条一項)、国会の両議院の議員を選挙する権利は、国民固有の権利として成年である国民のすべてに保障され(一五条一項、三項)、選挙人資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないとされている(四四条但し書)。元来、選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹をなすものであり、およそ選挙における投票という国民の国政参加の最も基本的な場面においては、国民は原則として完全に同等視されるべきであり、このような平等原理の徹底した適用としての選挙権の平等は、単に選挙人資格に対する制限の撤廃による選挙権の拡大を要求するに止まらず、更に進んで、選挙権の内容の平等、換言すれば、各選挙人の投票の価値、すなわち各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であることを要求せざるを得ない。憲法は、一四条一項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的に平等の原理を宣明するとともに、政治の領域におけるその適用として、選挙権について一五条一項、三項、四四条但し書の規定を設けている。これらの規定を通覧し、かつ、右一五条一項等の規定が選挙権の平等の原則の歴史的発展の成果の反映であることを考慮するときは、憲法一四条一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等を志向するものであり、右一五条一項等の各規定の文言上は単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、単にそれだけに止まらず、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが相当である。

2  議会制民主主義の下においては、選挙された代表を通じて国民の利害や意見が国政の運営に反映されるのであり、選挙制度は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国の政治に反映させることを目的としつつ、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、各国の事情に即して決定されるべきものであつて、各国を通じ普遍的に妥当する形態が存在するわけではない。日本国憲法は、国会の両議院の議員の選挙について、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのであるから、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の右要求と国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるための代表を選出するという選挙制度の目的とに照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得るものであるかどうかにつき、検討を加えなければならない。

3  わが国において、衆議院議員の選挙の制度につき、公選法がその制定以来いわゆる中選挙区単記投票制を採用しているのは、候補者と地域住民との密接な関係を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめようとする趣旨に出たものと考えられる。このような制度の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するのみならず、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つであり、このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定には、種々の政策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによつて決するほかはない。右の見地に立つて考えても、公選法の制定又はその改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ない。

三本件議員定数配分規定の合憲性

1  従前の各選挙直前の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差について、前記各大法廷判決が、前記の見地に立つて、公選法一三条、同法別表第一及び同法附則七ないし九項の議員定数配分規定の各改正法の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会の合理的裁量の範囲の限界を超えるものと推定されるべき程度に達し違憲であると評価すべきかどうかについて、どのように判断したかをみると、(1) 五一年大法廷判決は、昭和四七年一二月一〇日行われた選挙につき、昭和三九年法律第一三二号による改正法の下で定数較差最大約一対五(但し、選挙人数比)に達しており違憲であると判断し、(2) 五八年大法廷判決は、昭和五五年六月二二日に行われた選挙につき、昭和五〇年法律第六三号による改正法では、その改正前の定数較差最大一対4.83にも及んでいたのを改正により定数較差最大一対2.92に縮小し、投票価値の不平等状態は一応解消されたものと評価すべきであるが、その後昭和五五年国勢調査によると、右選挙当時の定数較差が最大一対3.94(但し、選挙人数比)にまで拡大しており、右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしても、なお一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つているが、未だ憲法上要求される合理的な期間内にその是正がされなかつたものと断定することは困難であるから、違憲とすることはできない旨判断し、(3) 六〇年大法廷判決は、再び右昭和五〇年改正法の下において昭和五八年一二月一八日行われた選挙につきその定数較差が更に最大一対4.40にまで拡大し、投票価値の不平等状態が違憲の程度に達した時から右選挙の時までに憲法上要求される合理的期間の是正が行われなかつたとして、当時の旧定数配分規定は、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲である旨判断した。

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 昭和二五年に公選法が制定された当時から昭和六一年改正法が成立する以前までにおける議員定数の改正経緯については、被告主張3(一)のとおりであり、昭和六一年改正法の成立経緯については、被告主張3(二)(1)、(2)、(4)、(5)のとおりである。

(二) 昭和六一年改正法は、議員の総定数を一人増員し五一二人とし、北海道第一区、埼玉県第二区、第四区、千葉県第一区、第四区、東京都第一一区、神奈川県第三区、大阪府第三区を各一人ずつ計八人を増員し、秋田県第二区、山形県第二区、新潟県第二区、第四区、石川県第二区、兵庫県第五区、鹿児島県第三区から各一人ずつ計七人を減員し、また、減員すると二人区となる選挙区のうち和歌山県第二区、愛媛県第三区、大分県第二区については隣接区との境界変更により現在定数各三人を維持した。右改正法は、本件選挙から施行された。

(三) 右改正により、昭和六〇年国勢調査の人口に基づく選挙区間の議員一人当たり人口数の較差は最大一(長野県第三区)対2.99(神奈川県第四区)に縮小された。

3 ところで、本件議員定数配分規定に基づく選挙区間の議員一人当たり選挙人数又は人口数(この両者は概ね比例するものとみられる。)の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達したかどうかは、前記のとおり、国会の裁量権の行使が合理性を有するかどうかの見地に立つて判断すべきところ、昭和六一年改正法成立以前の状態では、昭和六〇年国勢調査の人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の較差は最大一対5.12にまで拡大し、それは人口の異動に伴うものと推認されるが、右改正法により、その較差が最大一(長野県第三区)対2.99(神奈川県第四区)まで縮小され、右改正の目的が専ら五八年及び六〇年各大法廷判決で違憲の程度に達していたと判断された定数較差を緊急暫定的に是正することにあり、速やかにその抜本的な改正の検討をする旨の決議をしており、国会は、公選法別表第一の未尾の規定に従い、直近の昭和六〇年国勢調査の結果に基づき右改正を行つたものであるから、右改正後の較差に示される選挙人の投票価値の不平等は、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達していると断定することはできない。よつて、本件議員定数配分規定は、国会の合理的な裁量の限界を超えているものではなく、違憲であるとはいえない。

第三結論

以上のとおりであるから、本件議員定数配分規定に基づき施行された本件選挙は、憲法の選挙権の平等として選挙人の有する投票価値の平等の要求に反するものではなく、従つてまた、違憲、無効であるとはいえず、原告らの請求は理由がないので棄却を免がれず、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中村捷三 裁判官高木積夫 裁判官池田克俊)

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